夕暮れが広がっていた。
今日の夕暮れはやけに朱い。ゆっくりと西の空に沈み死んでいく太陽は、その血を光に乗せて世界を染める。
一本の路地に入り、歩を進める。なるべく遠く、なるべく遠く……そう急かす頭はすでにろくな思考を巡らせることができない。足は自分の意思と反して、歩を進めまいとする。重い、とても重い一歩。その音が、路地裏に響いた。
ざり、ざり。
歩を進める音に、声が重なる。頭痛が増してくる。後頭部が重くのしかかるような痛みだ。ズキズキと痛むたびに、声がする。
――――こちらにおいで。
甘美な声は、一瞬心を惑わせる。血の匂いさえ砂糖菓子の甘さを感じる。ぽたり、と。オレンジ色が足元に落ちた。夕暮れと同じ、朱い朱い色。
――――こちらに、おいで。
また頭痛がした。ズキズキと痛む頭を抱えて、座り込みそうになる足をどうにか立たせる。前へ、前へ――――あの子を巻き込まないくらい、遠くまで。
日はとうの昔に沈み、その影すら見えない。死んでしまった太陽は、その断末魔を光に乗せた。迫る闇が、朱色と混ざる。
背後を列車が通った。がたん、がたん。けたたましい音のはずなのに、どこか遠い音に聞こえる。脳裏では絶えず、声が響く。
ざり。
もう1つ、音が聞こえた。目の前を見ると、路地の向こう側から誰かが歩いて来ているのが見えた。赤ら顔を陽気そうに歪めている。酔っ払った男のようだ。
男はこちらに気がつくと、陽気に手を振ってみせた。
「よぉ、あんちゃん。どうした、具合でも悪いのか?」
一歩、また一歩。男は近づいてくる。促すように、声が響いた。
――――殺せ。
抗うように、一歩退く。声と、遠い列車の音が、響く。
――――殺セ。
列車の音も、自分を案じる男の声も、一気に遠のいていく。女とも男ともつかない声が、すぐ近くから囁いた。
――――コロセ。
紅い紅い色が目の前に広がる。夕焼けよりも紅いその色は、路地を染め、甘い香りを漂わせた。
声が聞こえた気がした。助けを求める声と、何かを謝るような声。
それはあまりにも小さく、あまりにも遠くて、どうすることもできないうちに消えていった。