8

 首元が少しだけ涼しい。ちょっと落ち着かない代わりに、首や頭が少し楽になったような気がした。髪の毛って、やっぱり重たいんだ、と少しだけ思う。

 長かった髪をばっさり切ったアイリは、軽くブラシで髪を整えた。その時間も、今までより短く済んでいる。ちょっとだけ気分が良い。

 アイリはそのまま部屋を出た。階段を駆け下りて、「じゃあ行ってくるね」と笑う。

 叔母はそんなアイリを見て、少しだけ俯いた。きょとんと、アイリの瞳が丸くなる。

「ごめんなさい。……私、アイリに」

 言いかけた叔母に、「やだな」と笑う。見つめてくる叔母に、アイリは言った。

「私はレナだよ、お母さん」

 アイリ……いや、レナは、明るく笑う。そしてそのまま、「いってきます」と家の外に出た。

 見下ろすだけだった町に立って、朝の空気を思い切り吸い込む。そして、活気立ったオレンジロードの町並みを、楽しそうに歩き出した。

 目指すはオレンジロードにあるケーキ屋。その名も「みどりのやねのちいさなおみせ」……かわいい名前だ。レナはすぐに気に入った。

 店に入り、「フレット!」と呼ぶ。買い物に来たわけではない。ここでレナは働くことにしたのだ。

 顔を出したフレットは、レナを見て笑顔をうかべる。

「おはようレナ。……じゃあ、こっちに来て」

 さっそくのお仕事に、レナは楽しそうに駆け足で向かった。

 

 

「それで、こないだの事件はどうなったんだ?」

 ある喫茶店。そこの喫煙所で、ラークは煙草に火をつけた。その横で、ロベルトもまた、煙草に火をつける。2つの煙がふわりと舞った。

「事件は幽魔のものと断定、それを討伐。事件は解決だ」

「あんな不可解なものが出たのにか?」

 わかっていながら、この男はこんなことを言う。ロベルトは小さく舌打ちをして、乱暴に煙を吐いた。

「よくわかってねえもんを公表するわけにもいかねえ」

「おっと、隠蔽か」

 からからとラークが笑う。

 人間なのか幽魔なのかわからないもの。そんなものが出たとなっては、混乱が起きかねない。はっきりとした正体も、どうしてそうなったのかもわからないのだ。世間には公表せずに隠しておいた方がいいだろう。……それはロベルトの見解でもあったし、専門家の意見でもあった。

 それに。

『眠らせてやればいいだろう。これが知れれば、俺や教授以外の学者の耳に入りかねない。そうなれば、死体はバラされて取引され、ゆっくり眠ることもままならない。……そんなこと、彼も彼女も望んではいないだろう』

 まだ若い青年の声が耳に蘇った。

「……結末は別れと、新たな一歩か。……いや、まだ結末ではないのかもしれないな」

 ラークは立ち上がると、灰皿に煙草を押し付けて火を消す。自分を一瞥もしないロベルトに苦笑をこぼしながら、ラークは言った。

「案外これが、序章なのかもしれない」

 若者たちの物語だ。

 そう笑って、ラークは去っていく。ロベルトはもう1つ舌打ちをすると、シガレットを口にくわえて煙を吸った。

 ある冬の終わり。春の始め。

 その出会いが、5人の若者の運命を大きく動かそうとしていた。


<BACK                                           NEXT>

<<タイトルページへ戻る