首元が少しだけ涼しい。ちょっと落ち着かない代わりに、首や頭が少し楽になったような気がした。髪の毛って、やっぱり重たいんだ、と少しだけ思う。
長かった髪をばっさり切ったアイリは、軽くブラシで髪を整えた。その時間も、今までより短く済んでいる。ちょっとだけ気分が良い。
アイリはそのまま部屋を出た。階段を駆け下りて、「じゃあ行ってくるね」と笑う。
叔母はそんなアイリを見て、少しだけ俯いた。きょとんと、アイリの瞳が丸くなる。
「ごめんなさい。……私、アイリに」
言いかけた叔母に、「やだな」と笑う。見つめてくる叔母に、アイリは言った。
「私はレナだよ、お母さん」
アイリ……いや、レナは、明るく笑う。そしてそのまま、「いってきます」と家の外に出た。
見下ろすだけだった町に立って、朝の空気を思い切り吸い込む。そして、活気立ったオレンジロードの町並みを、楽しそうに歩き出した。
目指すはオレンジロードにあるケーキ屋。その名も「みどりのやねのちいさなおみせ」……かわいい名前だ。レナはすぐに気に入った。
店に入り、「フレット!」と呼ぶ。買い物に来たわけではない。ここでレナは働くことにしたのだ。
顔を出したフレットは、レナを見て笑顔をうかべる。
「おはようレナ。……じゃあ、こっちに来て」
さっそくのお仕事に、レナは楽しそうに駆け足で向かった。
「それで、こないだの事件はどうなったんだ?」
ある喫茶店。そこの喫煙所で、ラークは煙草に火をつけた。その横で、ロベルトもまた、煙草に火をつける。2つの煙がふわりと舞った。
「事件は幽魔のものと断定、それを討伐。事件は解決だ」
「あんな不可解なものが出たのにか?」
わかっていながら、この男はこんなことを言う。ロベルトは小さく舌打ちをして、乱暴に煙を吐いた。
「よくわかってねえもんを公表するわけにもいかねえ」
「おっと、隠蔽か」
からからとラークが笑う。
人間なのか幽魔なのかわからないもの。そんなものが出たとなっては、混乱が起きかねない。はっきりとした正体も、どうしてそうなったのかもわからないのだ。世間には公表せずに隠しておいた方がいいだろう。……それはロベルトの見解でもあったし、専門家の意見でもあった。
それに。
『眠らせてやればいいだろう。これが知れれば、俺や教授以外の学者の耳に入りかねない。そうなれば、死体はバラされて取引され、ゆっくり眠ることもままならない。……そんなこと、彼も彼女も望んではいないだろう』
まだ若い青年の声が耳に蘇った。
「……結末は別れと、新たな一歩か。……いや、まだ結末ではないのかもしれないな」
ラークは立ち上がると、灰皿に煙草を押し付けて火を消す。自分を一瞥もしないロベルトに苦笑をこぼしながら、ラークは言った。
「案外これが、序章なのかもしれない」
若者たちの物語だ。
そう笑って、ラークは去っていく。ロベルトはもう1つ舌打ちをすると、シガレットを口にくわえて煙を吸った。
ある冬の終わり。春の始め。
その出会いが、5人の若者の運命を大きく動かそうとしていた。